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2026 / 06 / 17  12:31

「CARE ROOMSの源流」

「CARE ROOMSの源流」

絶対に忘れない「あの時」から、31年が経ちました。

日本経済の高度成長期に生まれ、バブル期に青春時代を過ごした僕は「人の役に立ちたい」などと全く考えたことのない自己中心的な人間でした。

ところが阪神・淡路大震災が起き、友人と連絡が取れなくなって焦り、震災の3日後に尼崎から自転車で東灘区に入りました。

父から「そんな危ない所に行くな!」と止められましたが、「今行かなくてどうするんだよ!」と、生まれて初めて逆らって行きました。

道路は全て割れ、電柱もゼンブ倒れ、倒壊家屋での救助作業の横を通りながら涙が止まりませんでした。

会社(当時は会社員でした)を休んで行ったので物資を渡してすぐに帰って来なければならなかったのですが、その後「仮設住宅でお年寄りの孤独死」というニュースを何度も見て、『普段からおじいちゃんおばあちゃんの所をまわって歩ける仕事に就こう!』と考え、会社を辞めて専門学校に3年通って試験を受け、国家資格を取りました。

でも普段からおじいちゃんおばあちゃんの所を回って歩ける仕事はいろいろあるのに、なぜ鍼灸マッサージ師なのだろう?と考えてみると、僕が小さい頃からよく母を揉まされていて、「気持ちよかったよ!ありがとう!」と言われたのが頭に残っていたからか、ひいおばあちゃんが民間療法で近所の人のケアをしていたからか、叔父さんが会社を辞めて医師になったからか。

いずれにしても血なのかもしれません。