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2015.12.21  11:51

お喜びのご感想をご主人様からいただきました。

A様のご主人様には出産後にお礼に来ていただいた時の1度しかお会いしていませんが、治療期間中はお仕事が終わってから夜の通院や休日の通院によくご一緒に来られ、駐車場で待っていらっしゃいました。
この結果はご夫婦で心を合わせて頑張られた結果だと思います。

ホームページ掲載のご承諾をいただきましたので、ご紹介させていただきます。


私達夫婦は、不妊治療専門の病院で「ご主人様の精子の活動が少し弱いけど他には全く問題ないですよ」と言われてから、一般的な治療を経て、採卵、いつも8割位は受精し、移植、判定・・残念・・何回繰り返して来ただろう・・その間、「不妊専門」の整体等も何件行っただろう・・
「なんで着床しないんだろう?」「自分達の子供を抱けないのかな?」「40歳越えるともっと出来難いって・・あと1年ちょっとだね」「お金も掛かる事だし、42歳までは頑張りたいな」「42歳になっても出来なかったら・・あなたに申し訳ないから、離婚して・・」
仕事でも家でも大きな声で良く笑う姿が大好きで結婚した妻。そう言って涙を流す姿を何度見てきただろう・・病院で採卵した帰りに車内で「良い所ないかな?」そう言って、静岡市内在住なのに県東部を携帯で探し始めた妻。2か所がヒット。信号待ちで見せられた私は、直感的に・・「ここ良いんじゃない?」理由は安易なもので・・(酸素カプセル有るってスゴイな・・疲労回復や細胞の活性化に良いって何かで見たなぁ)
初めての通院から笑って帰ってくると、「10代から冷え性」と言って、事実いつも冷たい妻の手が、私より温かい。その後3日ほどその温かさは続いていた。週に2度位のペースで2か月後、受精卵を移植。前回の採卵で出来た受精卵は5個あったが、比較的状態の良い4個を胚盤胞に廻したが、なんと全滅。残った最もグレードの低かった1個を移植に・・正直、期待してガッカリの繰り返しだった為もあり、私達は自然に「期待を言葉にしない」という暗黙のルールのなか判定を待つことにしていたのだったが・・判定の3日前、妻が勝手に市販の物で判定。うっすらとピンクの線がっ!と、妻が見せてくるが、目の錯覚としか思えない。それから・・妻は1日4回(朝、昼、夕方、夜)検査のラッシュ。確かに濃くなっている!着床したのだ!・・ただその子は妻に心拍を初めて見せてくれた次の日に流産した。深夜の病院で2人で泣いた。でも私達夫婦はこの子に大きな勇気と希望を貰った。「パパ、ママ大丈夫だよ。赤ちゃんは出来るよ。でも私の役目はここまでなんだ。」と・・そこで気が付いた私達、これまでの5年と何が違ったのか?5個の受精卵で1番グレードが低く、しかも他4個は成長しなかった・・なぜ?違いは1つ。こちらに通い始めた事だけだった。
それから、週に3度のペースで通い採卵。今までで最高のグレードの受精卵が4個、2番目が3個。うち1つをすぐに移植。その後も先生と相談しながら施術を続け、着床、妊娠。そして亡くなった義父の命日に、無事元気な男の子を出産し、私達夫婦は「お父さんとお母さん」に成れました。私はどのような施術をしていたのか、詳しくは解りませんし、上手く説明できません。でも、信じられない程飽きっぽい妻が、毎回笑って通い続け、先生の事やその日の施術の話をしていた手が温かかった事。そして、今現在、人に逢う度にキャッキャ、キャッキャと笑顔を振り撒くこの子・・。
人それぞれ、原因も状況も環境も考え方も違うと思いますし、絶対も無いと思います。でも、私達家族は本当に心から感謝しています。41歳になりましたが、2人目もよろしくお願いします。そして、もっと多くの御夫婦を「笑顔で溢れたご家族」にしてあげてください。